現在の自衛隊は、先達から引き継いだ伝統の上にあり、良い形で残すべき伝統も多くあります。現代の生活やいざという時にも役立つ、旧軍の教えや伝統について紹介したいと思います。
出船の精神
艦船が港にある場合、舳先(へさき:船首)を港口に向けて停泊している状態を出船(でふね)と言い、いざ出港というときには直ちに出港することができます。逆に艫(とも:船尾)を港口に向けている状態を入船(いりふね)と言い、岸壁を離れた後いったん方向転換をするため時間が掛かります。駐車で考えると、前進で車の前から停めるのが「入船」、後進で後ろから停めるのが「出船」で車を出しやすくなり、駐車場の接触事故は「入船」の方が多いと言われています。玄関で靴を外向きに揃えるのも「出船」で、緊急避難等の場合履く時間の数秒が遅れにつながります。「出船の精神」は、以後の動きをスムーズにするため事前に準備し、時間を無駄にすることなく何時でも使用可能な状態にすることを表現しています。
「入船」で入港する方が入港時間を短縮でき、上陸(じょうりく:艦船乗組員が外出すること)が早くなり乗組員は喜ぶのですが、回り込んで入港するため多少時間が掛かり上陸が遅くなっても「出船」で入港します。
自衛隊の艦船や航空機等を運航する必要がある場合、有事・平時に限らず人、物、組織が短時間で可動できることが条件であり、そのためにはあらゆるものがすぐに使える状態にあることが重要です。例えば、緊急用の消火ポンプは、火災が発生した場合にはスイッチを入れるとすぐに起動するようにしておく必要があり、いざという時に燃料を補給するようでは役に立ちません。艦船乗組員が作業服を着たまま就寝したり、寝るときに限らず自衛隊員が習慣として衣服を整頓して身近に置いておくのも、緊急事態が発生した場合には直ちに着替えて事態に対処するためです。
作業、日課の5分前には全員が準備を整え、定刻と同時にその作業を始められる状態にする「5分前の精神」と似ているところもありますが、時間的な観念に加えて、予測できないで発生する事態に直ちに応じられる前向きな体制を整えておくことを意味しています。時間に追われる現代において、迅速確実に実行できるように周到に準備する「出船の精神」を習慣とすることは、自らの心身の余裕に繋がると思います。