前回は、魔の11分のなかで離陸時の3分間についてお話ししましたが、今回は着陸時の8分間に潜む危険を中心に話をします。
着陸する時の8分間に潜む危険
着陸はパイロットにとって、緊張をして、判断と操作が難しいものの一つです。
どの様な事が着陸を難しくしているのか?そこに潜んでいる危険についてお話しします。
飛行機が集中する場所と時間帯
飛行場では、離陸する飛行機と着陸する飛行機が数多く飛んでいます。
空には区切りの線を見る事が出来ませんが、一般的には飛行場を中心に管制塔の管制官が誘導している「管制圏」と、それを取り巻く「進入管制区」があります。そしてそれを繋ぐ航空路などは「航空交通管制区」に区分されています。「進入管制区」では、言葉の「進入」とは異なり、出発する飛行機の管制も行っております。
「進入管制区」には、様々な方向から到着機が集まり、離陸した飛行機はそれぞれの目的地に向かって、飛行していきます。
出発はSID(エスアイディ:Standard Instrument Departure:標準計器出発方式)、到着はSTAR(スター:STandard instrument ARrrival:標準到着経路)という形で、それぞれの飛行場(または進入管制区)で一定の形は決められておりますが、多くの飛行機が滑走路に集中する事に変わりはありません。
交通量が増えれば、各飛行機に対して「高度、針路、速度」の指示が出され、併せて離陸を待たされたり、着陸の順番待ちのため、上空で待機させられる事があり、パイロットにとってもストレスの一つになる場合があります。
速度、高度、飛行形態が著しく変化する
着陸のためには高度を降ろし、速度を減らしていかなければなりません。
高度を降ろすと地上の障害物との距離が近付くだけではなく、離陸時と同様に鳥などと近付く危険性が増えます。高度が低くなれば、何かあった時の余裕が少なくなるのは当然であり、パイロットはその分ストレスを感じる事にもなります。
着陸に向けて速度を減らしていきますが、一人のパイロットが自分の一番操縦し易いように速度をコントロールしていると、前後の間隔に影響してしまいます。このため、高度約3,000m以下の進入管制区においては、最高速度を250KT(約460km/時)以下にすると云うように速度も併せて管制しています。着陸する時の速度は、低ければ低いほど着陸距離が短くなり楽ですが、着陸進入している時は失速まで余裕を持った速度(通常1.3Vs)で進入しています。地表近くでは空気の流れが乱れている事も多く、適切な速度で進入する事が必要になります。
飛行機の形態も変化を続けます。速度を保ちながら高度を下げる時には出力を下げるだけではなく、スポイラーを開きます。着陸進入を続けながらフラップを徐々に下げて、必要な時期に車輪を降ろします。このように飛行形態を変化させると、航空機の姿勢の変化と共に飛行特性も変化してきます。新しいタイプの飛行機ではその部分も含めて制御されておりパイロットへの負担を少なくするように設計されています。
動いている空間から、動かない地上の滑走路へ
飛行機が飛んでいる時は、空気の塊の中を飛び、空気とともに動いています。日本では冬場(上空の風が強い時期)上空では強い西風が吹いている事が多く、旅客機の飛ぶ高度帯では通常でも新幹線と同じくらいの強い西風が吹いています。(飛行機の時刻表:羽田-福岡を見て頂ければ、東向きの飛行時間が短くなっていることに気が付くと思います。)
空気の塊の中で飛行している時は、経路などの修正も比較的容易にできますが、着陸の時は動いている空気の塊の中で飛行しながら動かない滑走路に着陸しなければなりません。
滑走路近くでは高度によって風の強さや向きが変化したり、その境目では空気の擾乱(じょうらん:乱れている事)により飛行機も揺れる事があります。
時には積乱雲の前面に発生するようなダウンバースト(「防仁学」唐突に吹く旋風! それは突然やってくる! 竜巻・突風の特徴とは? )
なども飛行に影響を与える事があります。
気象状況
天候の急変は非常に大きな影響を与えます。
着陸する時に影響を与えるものは、「風(風向、風速)」「視程」「滑走路の状況」があります。
風の影響
風については、正面方向からであれば比較的問題なく着陸できます。しかし、横風の時に着陸する時は狭い(上空から見ると細い)滑走路に正確に着陸するためには2つの方法があります。
一つは「クラブアプローチ」で、水平状態を保ったまま機首を風上に向ける方法です。風下に流される分だけ進行方向を風上に向ける事で滑走路への進路を保つものです。これのデメリットは接地する瞬間、車輪に対し斜め方向に力が加わる事と、パイロットが斜め前方向を目がけて操縦する事です。
もう一つは「ウイングロー」と呼ばれる方式で、風上に翼を傾けつつ旋回しないように風下側のラダー(方向舵)を踏み込んで着陸する方法です。パイロットが滑走路に正対出来る反面、常に飛行機を傾けたまま飛行するため失速速度が増す状態になります。
視程の影響
最新式の装備(飛行機と地上設備)を使えば自動操縦で着陸する事は可能ですが、規定によって決心高度(DA)または、最低降下高度(MDA)まで降下して着陸復行点(MAP)に到達した時点で滑走路を視認できない時は着陸をやり直さなければなりません。
気象状況で視程も予報されているものの、降雨、吹雪や霧(特に今からの季節は海霧)によって、急激に視程が悪化する時があります。
滑走路の海側から海霧が入ってきた時など反対側から着陸したのは良いけれど着陸滑走している間に周りが殆ど見えなくなった事もあります。
海霧はその上空が晴れている事が多く、その高度も低いために天気の良いフライトを続けた後に最後に緊張を強いられる事が多くなります。
滑走路の状況
パイロットは着陸した後も飛行機を安全に停止させるまでは安心できません。飛行機が停止する為には着陸した速度を減速していく必要があります。飛行機の制動の為に重要なものは滑走路の摩擦係数(RCR)があります。滑走路の摩擦係数を下げてしまう原因としては「水」と「氷」があります。
ゲリラ豪雨などの雨によっては一時的に水が溜まってブレーキの効きが悪くなったり、自動車学校で習ったように「ハイドロプレーニング現象」によって、滑走路を逸脱してしまう事があります。
冬場では滑走路に溜まった水や雪などが凍結する事があり、その場合にはスケートリンクを滑っている様な状態になります。
「高度に余裕が無い」という事
高度に余裕がないという事は、「何かあった時の対応の余裕が無くなる」ということです。
上空であれば、仮に全てのエンジンが停止しても、チェックリストを確認しながら適切に対応できる状態でも、高度に余裕が無いとエンジンを再始動する前に地表高度に達してしまう可能性があります。
また重大な故障でなくてもパイロットにとっては、より多くのプレッシャーを感じるようになってしまいます。
「魔の11分」は高度と速度に余裕の無い条件の場所と時間帯です。
「人間はミスを起こす生き物」「「機械は故障する物」「想定外は起こるもの」という認識に立ち返ってミスや故障が事故に結びつかないような対策をとっていく事が重要ですね。
まとめ
・魔の11分とは離陸時の3分と着陸時の8分であり航空事故の多くが集中している
・着陸する場所には飛行機が集中してくる
・着陸する時、パイロットには多くの負担がかかる
・着陸の難しさは気象状況に左右される