前回は、「稲むらの火」の主人公となった濱口悟陵の略歴と、その本人が残した記録から実際の津波被災状況を紹介しました。
今回は、濱口悟陵の息子が英国留学中に体験したエピソードを紹介します。
濱口悟陵の息子が英国で体験したエピソード
海外に残る貴重なエピソード
「稲むらの火」は作家のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の手によって「A Living God(生ける神)」という作品に纏められた濱口儀兵衛(はまぐちぎへい)のエピソードが元になっています。
それに関わる濱口悟陵の息子が英国留学中にロンドンで体験した貴重なエピソードを紹介します。
1903年(明治36年)、英国留学中の濱口澹(たん)は、「日本の女性」というテーマの講演をロンドンで行った。
話が終わり質疑応答の際、最後に発言を求めたステラ・ラ・ロレッツと名のる若い女性から次のような質問があった。
「つかぬことを伺いますが、あなたは私が愛読する本の主人公と何らかの関わりがある方でしょうか?」と。
濱口が「愛読書は何か?」と尋ねたところ、「ラフカディオ・ハーンという著者の本『Gleanings in Buddha fields(仏の畠の落穂)』で、その中に収められている『A Living God(生ける神)』という物語に深く感銘を受けました。」と答えた。
来場者にもあらすじを紹介した後、「(中略)機会があれば日本を訪問したいと願ってきたが、本日講演者の名に濱口五兵衛と同じ文字を見つけ、関係のある方ではないかと伺った次第です。」と言って質問を終えた。
濱口は恐縮してしばらく黙っていたが、やがて小さな声で「実は、ただいまのお話の五兵衛の息子が私です。」と答えた。
聴衆は一瞬あっけに取られたが、次いで爆発したように拍手が起こり、しばらく鳴りやまなかった。手を挙げて制した後、父親について語りはじめた。
ハーンの作品は、ほぼ実話に基づいていること。ただし、100年前ではなく49年前の話であること。父の名は五兵衛ではなく儀兵衛(ぎへい)であること。
父は18年前に米国で死去したこと。
「濱口大明神」の名で村に祀られる動きはあったが、父が反対して取り止めになったこと。等々を説明したのでした。
※後日、濱口澹はこのエピソードを当時早稲田大学の講師であったハーンに手紙で報告したとのことです。
ここまでのまとめ
① 明治36年、英国留学中であった濱口悟陵の息子・濱口澹がロンドンにおいて「日本の女性」というテーマで講演した際、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の著書『A Living God』(『生ける神』)を読んで感銘を受けていた聴衆の1人から、講師と物語の主人公と関係があるかについての質問を受けた。
濱口が実は主人公の息子であると答えたところ、聴衆は大変驚き爆発したような拍手がしばらく鳴りやまなかった。
続けて、この作品はほぼ実話に基づいているが、話の年代や父の名前などいくつかの違いについて説明した。
② 後日、濱口はこのエピソードを当時早稲田大学講師であったハーンに手紙で報告した。
参考サイト
◆防仁学:「11月5日「世界津波の日」特集(1)由来となった「稲むらの火」」
◆防仁学:「11月5日「世界津波の日」特集(2)濱口悟陵と津波の記録」