今日、8月11日は「山の日」です。
山に登れば、刻々と変化する雲の様子や麓まで見下ろす広い景色を楽しむことが出来ます。
遭難事故・山岳事故を遭わないようにしつつ夏の山を楽しむためにも、しっかりと過去の事例から事故予防対策を学びましょう。
前回に引き続き、夏山で起こった山岳事故「トムラウシ山遭難事故」についてお伝えします。
山の日だからこそ、登山を楽しむために山の「怖さ」を学んでおきましょう。
前編:「山の日」安全に登山を楽しむために……トムラウシ山遭難事故から学ぶ山岳事故予防対策・1
夏山登山の遭難に学ぶ教訓
トムラウシ山遭難事故は、夏山で起こった山岳事故として多くの犠牲者を出した事故になりました。
では、この遭難事故を避けるにはどうすれば良かったでしょうか?
1、天気予報などの情報を軽視してはいけない!
この遭難事故・山岳事故が発生する前に、登山ツアーのガイド達は天候が悪化する事をニュースで知っていながら、登山を決行しました。
登山前は天気が良かったとしても登山途中から天気が急激に悪化する事もあり、一度登ってしまった場所から下山するのも大変な事です。
ガイドはそのことを十分に知っていましたが、ツアーを実施するために初日・2日目は天気予報を軽視していました。
最初に天気予報を確認した時点で計画を変更出来なかった事は、遭難事故・山岳事故に直結した悪い判断だったと考えられます。
加えて、登山3日目である16日の山小屋にて天気予報では「午後から天気が回復する」と言われていても、十分な休息が取れずに体調不良者がいるなかで登山を中止しなかったのは危険な判断でした。
ガイドの確認した天気予報は山のある「十勝地方」に対する予報でした。
これは平地を基準とした天気予報であり、山の天気とはかけ離れる結果になることはたびたびあります。
事実、同日に同じ天気予報を確認していた他のツアーガイドは「山の天候回復は平地よりも遅れるから」と登山を中止する判断をして、ツアー客全員を無事に下山させています。
ツアー会社からできるだけ登山を実施するようプレッシャーがあったことも、ガイドの判断を誤らせた一因となりました。
後日、このツアー会社は海外のツアーでも山岳事故を引き起こし、旅行業登録を取り消される処分を受けています。
こうしたツアーでは業者やガイドの実績情報も非常に重要です。
2、通報の遅れ
16日の登山で途中から歩けなくなる人が出始めたにも関わらず、通報が遅れた事も遭難事故・山岳事故を大きくした原因と考えられます。
事故当日、午前10時に歩けない人が出た段階で、登山客からガイドに対して
「これは遭難だから、早く救助を要請すべきだ!」
(トムラウシ山遭難事故調査報告書より引用)
と叫ぶ人もおり、少なくとも午前のうちには助けを呼ぶタイミングはあったと考えられています。
ただ、この時点ですでに低体温症となっていたガイドの判断力が失われていて、助けを呼ぶ事が考えられなかった可能性があります。
たとえガイドに遮られたとしても、必要があると感じた場合は一刻も早い通報が必要です。
結局、最初の通報は倒れた人が出てから5時間も経過した15時頃にまでずれ込みました。
しかもその通報は、たまたまツアー客に家族からあった電話がきっかけでした。
翌朝、自衛隊は捜索開始から3時間以内に取り残された全員を発見・救助しています。
10時の時点で通報がなかったことが悔やまれます。
3、山の寒さと低体温症に関する知識の不足
最初に低体温症になった女性客の容態に関して、その場にいた人たちは「前兆がなかった」と証言しています。
女性は支えられながらも歩けていたのに突然呼びかけに対する反応が薄れていき、手足の動きが無くなったそうです。
これは、前日からの風雨で非常に寒い環境にさらされていた為、女性客の反応が薄れていく前から徐々に低体温症になっていた事が推察されています。
低体温症は体が冷えることで起こるため、徐々に症状が重くなります。
そのため自分で低体温症になりかけていることに気づくことは困難であると言われています。
事実、生き残ったガイドは「自分が低体温症に陥っていることに気付いてなかった」と証言しています。
16日ヒサゴ沼の避難小屋から山の斜面に出た尾根に出た段階で、標高が高いため夏といえど気温は6℃しかありませんでした。
しかも風速15m毎秒という強風だったため、体感温度はマイナス10℃まで下がってしまいます。
初日から断続的に降り続けた雨や小屋の雨漏り、膝まである水深の沼地の移動などのアクシデントでツアー一行は常に濡れ続けていました。
その状態で長い時間かけて歩き続けた事で体力が低下し「低体温症」になってしまったのです。
女性客が動けなくなった段階で、低体温症は危険な状態まで進んでいました。
前兆として歩くのが遅くなったりよろめいたりし始めた時点で、低体温症を疑う必要がありました。
激しく震えたり、奇妙な行動をしたり、ろれつが回らずはっきり話す事が出来なくなったりするのも前兆です。
これらの前兆は事故前日・登山2日目の時点で何回か出ていたことが証言されています。
さらに、ガイドが歩けなくなった登山客の介抱にかかりきりになり、他の方々をその場で待たせてしまった時間があったこともその後の被害を拡大した原因になりました。
風を避けられる場所へ移動するタイミングが遅かったため、低体温症にかかる方が続出してしまいました。
濡れた体で移動することもなく立ったまま強風の中で待機することが非常に危険なことを知っておくべきでした。
この事でガイドも低体温症に陥りコミュニケーションが十分に取れなくなったため、バラバラになってしまった事も事故被害を大きくした原因と言えます。
また、登山客の中には夏山ということで雨や寒さに対する備えがしっかり出来ていなかったため、着替えといった防寒の為の荷物を濡らしてしまった人もいたとの事です。
中には防寒になる様な上着を持ってきていない人や、非常食が無い人もいたと「トムラウシ山遭難事故調査報告書」には書かれています。
逆に、自力で下山して助かった方の中には防寒・保温シートを用意しており体に巻き付けていたため「ほとんど寒さを感じなかった」という方もいました。
ほんの1枚の防寒・保温シートが生死の境を分けたといっても、過言ではないでしょう。
夏であっても標高の高い山の上ではグッと寒くなり、そこに雨と風が加わる事で体感温度がマイナスになることもあり得ます。
夏の山でも、天候によっては低体温症により凍死してしまう可能性があるということを知っておきましょう。
防寒の備えと天気予報や情報収集による判断が遭難事故・山岳事故予防につながります。
夏山で起こった「トムラウシ山遭難事故」が繰り返されないように、登山の際には夏であっても寒さや雨に油断せず、しっかりとした下準備をして楽しんできてください。
まとめ
- 夏の山でも天候によっては凍死してしまう程寒くなる。
- 登山の際はたとえ夏であっても雨・風・防寒に対する備えをしっかりしていく。
- 必ず天気予報を確認して、天気が悪くなる時は登山の中止も考える。
- 困難に陥った際には、早めの通報を心がける。
参考リンク
- 警察庁 平成27年における山岳遭難の概況
- トムラウシ山遭難事故調査報告書 トムラウシ山遭難事故調査特別委員会